『枕草子』〈笑ひ〉にみる憧れのまなざし、そしてその実現

2010 
『枕草子』「宮にはじめてまるりたるころ(一七七)の段には、まだ宮中生活に慣れず定子中宮の前で身を臥している作者の姿と、宮中を生活の場として自由に行き?しながら〈笑ひ〉を見せている女官の姿が?照的に描かれている。この段から、作者は初出仕?時の慣れない自身の姿を回想するとき、〈笑ひ〉が存在する宮中のコミュニケ?ションの輸の外側に自分がいたことをはっきりと?えていたということが言える。『枕草子』「円融院の御果ての年 (一三二) 」の段と「職の御曹司におはしますころ、西の廂に(八三)」の段には、それぞれ藤三位、?少納言が笑われ者になって登場しているが、この?章段はいくつかの類似点を有する。 そして、藤三位は彼女の出生や?歷から見て、淸少納言が理想とする女性像の?件を備えていたことが分かる。初出仕のときから、宮中の一員になることに憧れると同時に、その宮中社?に存在する〈笑ひ〉にも憧れの念を寄せている作者。作者はそのような宮中社?の中の〈笑ひ〉を身近なものにできる日を待ち望んでいた。一三二段では、藤三位が笑われ者として登場している。しかし、作者にとってこのエピソ?ドは、宮中の中心的存在の中宮や天皇の藤三位に?する君寵を確認できるものであった。このような理由により、作者が直接目擊??した事件でもないのにもかかわらず、この記事が本作品の素材として選定されたと見ることもできる。そして、作者が宮中社?のれっきとした一員になっていた頃、今回は作者自身がこのような〈笑ひ〉による特別扱いを受ける機?に惠まれる。それが八三段の雪山にまつわる記事なのである。作者は、中宮に騙され笑われることを、出仕?初から憧れてきた宮中社?の一員になることの?現であるとして、この八三段の出?事を回想し書き記たという見方も可能である。 淸少納言は出仕?初、〈笑ひ〉に直接?加できず、ただ眺めていたのだが、宮中に慣れ、女房としての地位が確立するにつれて、積極的に〈笑ひ〉の場に?加、〈笑ひ〉を眺める立場から、〈笑ひ〉を主導していく立場に?わるのである。このような?点から見ると、〈笑ひ〉にまつわる?述に、主君定子及び定子一家の?華期と沒落期?述における方法的?化を追究する見方の他に、主君は沒落していくが、淸少納言自身、時間が?つにつれ宮中の一員になり女房としての地位も確立していくその軌跡として、??の〈笑ひ〉の場面を回想し、素直に本作品に書き?したという見方も存在しうる。
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